誰が彼女を救えたか
彼女は私の3つ下でしたけど、私の事をあなたね~って、いつも電話で話した。
彼女はアスペルガーだった。それによる適応障害により、躁鬱、近頃は不眠を嘆いていて対人恐怖、視線恐怖、聴覚過敏、不眠症に悩んでいた。
いつも多少こちらから見ると、大きな表現をするように思えてた。
私もそうだけど、同じ似たような感じかた、同じ似たような感覚の人がいないと、時々自分がすごく不安定に感じる時がある。
似た人がたぶんいなかったんだ。
理解者も
私はこうしてブログもしてるし、親しい人につぶさにあった事を自分からあれこれ話す。うるさいくらいに話す。
だから、たまらないで済むし、生きるために心の蛇口を大きくして、みんなストレスがそこから落ちるようにしている。
旅行もそうだし、
温泉につかるのもそう。
私は彼女の親しい友人だった。彼女の良さを普通の人はわかりづらいかもしれなくて、だけど彼女しか持ってない強さや特徴が私は好きで彼女と友人付き合いをさせてもらった。
アスペルガーの特徴が強い人は、日本のこの風土では生き辛いんだとつくづくおもう。
彼女は40代で亡くなったが8年くらい前に結婚した旦那さんがいる。
怒らない人でしあわせだと言っていた、だけど最近は旦那さんの名前が話題にあがらなくて、
いざという時に助けを求めるのが下手な彼女だったから、
どんな風に伝えて、どんな風にふるまっていたんだろうか?が気になる。
個性が強い彼女はいつも普通になりたがっていた。
私は喪女だから
もう終わってる女なんだよと言っていた。
いつも長話が嫌いで、いつも自分の生活のリズムにこだわり、それをこなさないと調子が狂うと言っていて、彼女のペースで短めに電話を切られた。
私が会いたいと近くまで時間を合わせていくからと言っても、時間がないしと断られた。
私、死ぬかもしれません…
その時に私は電話をかけた?
大丈夫なの?
その時もたぶん電話は彼女から切られたのではないかとおもう。
とても深刻な話なら解決してあげたいと私は思っているはずで。
どうしたら彼女を救えたのか?
私はもう遠くにいるし、彼女の守るルーティンの中には組み込まれていなかった。
顔も見えない。
今ならはっきりわかるけど、彼女は精神衰弱にあり、不眠症がひどい状態で体力、判断力を欠いておりすぐに休養としての入院が必要だった。
自分のペースに拘るあまり、心身を壊していたから、管理下に置いて、人に管理してもらうことこそが必要だった。
私はこれから、自分の力をあなどらないで
人にどうしてあげたら一番よいか敏感になり私より弱った人にプラスでいられる存在に近づきたいと思う。
あちらの世界には、知り合いが何人かいて
私も死んだら彼女に会えるのかもしれない。
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