場面緘黙おとな女子のブログ

場面緘黙の経験者が当時、現在を語ります。

二度めの創造

自分をつくりかえる為に自分を捨てる


ゼロからはじめる


そしたら、様々な症状が出だし、ヘトヘトになり、息も絶え絶えに暮らす日々になってしまった。

夏に散策のためと買い物で自転車で急な坂道を引いたりしながら上っていたら、クラクラしてきてどんどんどんどん目の中が白く霧が出るようにその霧が濃く目の中全体をおおう


症状が出た時があり、散々だったり、


あの時は、坂の上から自転車に乗りまっすぐ降りればアパートの前につくから、とにかく目が見えるうちに!と思いつき、アパートの前についた時には真っ白でみえない。


しばらく座れないくらい小さな石垣に無理やり座りこみ、目も神経もしっかりするまで待っていた。


パニック障害の症状だと思うが、そんなのは一回だけで、様々な症状となって襲ってきては私を慌てさせ驚かせた。


部屋の中で回転性めまいに襲われ立てなくなったり、立つと倒れる。

それもしばらく頭をなるべく上げてなれるようにしたが半日以上クラクラした。


死ぬかと思った。


離人症状にも悩まされた。鬱々とした鬱陶しい毎年厚い雲におおわれているような、自分が生きてるのか死んでるのかわかんないような喜怒哀楽がなくなる状態にもなり、


私、生きてる?と変な質問だとわかってはいるけど友人に聞いたりした。


それは五年くらいつづいた。


あとは外出にドアがあけれない


ドキドキし過ぎてあけて外出するまでしてから緊張感にずっとさいなまれる。


歩くのがツライ


前から人がくること、外にいることが

こわく感じる、などなど


沢山のありとあらゆる症状に見舞われた。


私はかなり相当根性はある方だと思うが、なんども折れそうになり、実際折れてしまい、

実家代わりに使っていいよと別れた夫が言ってくれていたので


心のひろーい人で博愛主義者でこだわらない性格な人だったから


逃げるように、寝込みに行っていた。

夫と私のアパートはずいぶんと遠く離れていたので、ヘトヘトになり電車やバスや徒歩で乗り継ぎ乗り継ぎ帰ってくるのは


はるばる来ました~的な距離だった



一週間ほど、寝込んだりして

元気になったらアパートに戻って行っていた。

戻りたくないけど仕方がなかった。


私は約束をあまりやぶれない。

約束にがんじがらめ。


こんなことをしてても、ずっと悪くなるばかりで


あんな状態を好んで作る人なんていない

けれど私は私を作り直し今がある。

普通は死んでると思う。